新橋スリープ・メンタルクリニック
 

外傷後ストレス障害、急性ストレス障害


 H23.3.11に起こった東日本大震災後から、私たちは強い不安と喪失感の中で生活しており、現在進行形で今なお
かつてないストレスの直中にいます。下記に説明させていただいたような症状に心当たりのある方、社会生活を困難にするようなレベルの症状がある場合は、出来る限り早く治療を受けることをお勧めします。精神科に限らず、まずは内科やかかりつけのドクターに相談するのもいいと思います。話しをするだけでも大きな効果があります。
 今回のようなこころの傷を癒す為には、悲しみに浸り、自分の身に起こった不条理な出来事を少しずつ受け入れてゆく必要がありますが、それには長い時間を要します。前を向いて生活する為には、時間をかけて後ろを振り返る必要があるのです。そして、そのこころの傷を癒す為には、十分な社会支援や理解者、人間同士の支え合いが必要不可欠であると思います。私たちは団結して、お互いを思い、みんなで束になってゆっくりと傷を癒す必要があるのです。
 災害後に生じやすい症状や疾患について記載してみました。少し難解な言葉も多いと思いますが、参考になれば幸いです。
・ストレス関連障害は、ストレス要因(もしくは外傷性の出来事)の強さ、症状の出現時期、持続期間により、1. 急性ストレス障害 2.外傷後ストレス障害(PTSD)に分類されます。
・PTSDと急性ストレス障害のストレス因子は、死ぬもしくは重症を負う、災害、交通事故、虐待、強姦されるといったような、客観的にみて発症を説明し得る圧倒的なものです。
・PTSDの主症状は、苦痛な出来事の再体験、過覚醒、苦痛な場面の回避、感情麻痺です
・PTSDと急性ストレス障害は症状の持続期間(4週間が境)で区別します。つまり、4週間以上症状が持続している場合にはPTSDと診断することになります。
I. 外傷後ストレス障害、急性ストレス障害 / Post Traumatic Stress Disorder (PTSD), Acute Stress Disorder
【概念】 外傷後ストレス障害(以下PTSD)は、心が強い衝撃を受けて、その心の働きに不可逆的な変化を被る(このことを、心的外傷もしくは外傷と呼びます)原因となるものを体験したり、それに巻き込まれたりした後で起こる症候群です。その場合のストレス要因は、大抵の人を病気にするのに十分なほど圧倒的なものです(戦争、事故、災害、強姦、虐待など)。そのような経験は、恐怖や抑うつ、絶望感を伴い、日常生活の中でその苦痛な出来事を持続的に何度も体験しているように感じ、思い出すことを避けようとします。また、症状が家事や学校も含めた社会生活に重要な影響を及ぼしています。PTSDと診断するためには、下記(診断基準)の症状が1ヶ月以上持続することが必要です。一方、急性ストレス障害はPTSDと似た症状を示すが、PTSDよりも早く症状が出現し(出来事から4週間以内2日から4週間以内に消褪するものを指します


【外傷後ストレス障害と急性ストレス障害の診断】
・DSM-IV-TRによる外傷後ストレス障害の診断基準
A. その人は、以下の2つがともに認められる外傷性の出来事に暴露されたことがある。:
(1) 実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、1度または数度、あるいは自分または他人の身体の保全に迫る危機を、その人が体験し、目撃し、または直面した。 (2) その人の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである
B. 外傷性の出来事が、以下の1つ(またはそれ以上)の形で再体験され続けている:
(1) 出来事の反復的、侵入的、かつ苦痛な想起で、それは心像、思考、または知覚を含む (2) 出来事についての反復的で苦痛な (3) 外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、感じたりする(その体験を再体験する感覚、錯覚、幻覚、および解離性フラッシュバックのエピソードを含む、また、覚醒時または中毒時に起こるものを含む) (4) 外傷的出来事の1つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合に生じる、強い心理的苦痛 (5) 外傷的出来事の1つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合の生理学的反応
C. 以下の3つ(またはそれ以上)によって示される(外傷以前には存在していなかった)外傷と関連した刺激の持続的回避と、全般的反応性の麻痺:(1) 外傷と関連した思考、感情、または会話を回避しようとする努力 (2) 外傷を想起させる活動、場所または人物を避けようとする努力 (3) 外傷の重要な側面の想起不能 (4) 重要な活動への関心または参加の著しい減退 (5) 他の人から孤立している、または疎遠になっているという感覚 (6) 感情の範囲の縮小(例:愛の感情をもつことができない) (7) 未来が短縮した感覚(例:仕事、結婚、子供、または正常な寿命を期待しない)
D. (外傷以前には存在していなかった)持続的な覚醒亢進症状で、以下の2つ(またはそれ以上)によって示される:
(1) 入眠、または睡眠維持の困難 (2) いらだたしさまたは怒りの爆発 (3) 集中困難 (4) 過度の警戒心 (5) 過剰な驚愕反応
E. 障害(基準B、C、Dの症状)の持続期間が1ヶ月以上
F. 障害は、臨床上著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている
急性(PTSD):症状の持続期間が3ヶ月未満、慢性(PTSD):症状の持続期間が3ヶ月以上、発症遅延(PTSD):症状の発現がストレス因子から少なくとも6ヶ月

・DSM-IV-TRによる急性ストレス障害の診断基準
A. 外傷後ストレス障害と同様
B. 苦痛な出来事を体験している間、またはその後に、以下の解離症状の3つ(またはそれ以上)がある。:(1) 麻痺した、孤立した、または感情反応がないという主観的感情 (2) 自分の周囲に対する注意の減弱 (3) 現実感消失 (例:ぼうっとしている) (4) 離人症 (例;遠くから自分を見ているような感じがする、実感が無い、テレビの字幕を理解できない) (5) 解離性健忘(すなわち、外傷の重要な場面を思い出すことができない)
C. 外傷的な出来事は、少なくとも以下の1つの形で再体験され続けている:反復する心像、思考、夢、錯覚、フラッシュバックのエピソード、またはもとの体験を再体験する感覚;または、外傷的な出来事を想起させるものに暴露されたときの苦痛
D. 外傷を想起させる刺激(例:思考、感情、会話、活動、場所、人物)の著しい回避
E. 強い不安症状または覚醒の亢進(例:睡眠障害、いらだたしさ、集中困難、過度の警戒心、過剰な驚愕反応、運動性不安)
F. その障害は、臨床上著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。または、外傷的な経験を家族に話すことで必要な助けを得たり、人的資源を動員するなど、必要な課題を遂行する能力を障害している。
G. その障害は、最低2日間、最大4週間持続し、外傷的出来事の4週間以内に起こっている
 急性ストレス障害は、PTSD様の症状がより早く出現し持続時間が短いという症候群であり、PTSDの前駆症状として捉えることが可能です。
【外傷後ストレス障害の症状 解説】
 PTSDの主な臨床像は、苦痛な出来事(心的外傷体験) −場面やその時の感情を、自分の意志に反して何度も繰り返し思い出すこと、外傷記憶が思い出される場面や行動を避けようとすること、感情麻痺(ぼんやりとして感情が鮮やかではないこと)、強度の持続的過覚醒(音や振動などの刺激に敏感で、不安で落ち着かず、ピリピリとした感覚)です。また、不条理な出来事に対しての怒りや、自分のせいでこうなってしまったという強い自責感、落ち込み、無力感、大きな喪失感、将来に対する絶望感なども重要で、根が深く長期化しやすい症状です。
 また、急性ストレス障害では診断基準に明記されているように、解離症状すなわち、外傷の重要な場面を思い出せない、離人症、現実感消失、情緒反応の欠如などが特徴的です。
注)解離:通常保っている自分自身の体験(感覚、感情、記憶、行動)の一部が自分と離れ、統合できなくなった状態で、外傷に対する防衛反応です。
苦痛な出来事の再体験:フラッシュバック、悪夢、身体化症状という形をとることが多い。それらは、こころに傷を負った時の断片的で感情的な記憶で、本人の意志に反し些細なきっかけにより、ありありと蘇り、パニックに陥れます。時折、過呼吸、動悸、めまい、などの症状を伴います。
過覚醒と感情麻痺:心的外傷を受けた患者さんには、知覚刺激に極めて過敏な状態と、時には周囲からの刺激に対して感覚や情緒的反応が極端に鈍るといった、矛盾した状態を同時に示すことが多くみられます。過覚醒状態は常に不安で落ち着かないため、苦痛であり生活に大きな支障をきたします。従って、防衛手段として自分を麻痺状態にする必要があり、その状態が感情麻痺であると考えられます。また、フラッシュバック(外傷体験となった場面やその時の感情を何度も繰り返し思い出すこと)は現在の自己から時間や感覚が切り離されている状態です。また、感情麻痺は自己と感覚、感情が切り離される状態であると考えると、過覚醒と感情麻痺の矛盾した状態はどちらも、解離症状の一部として出現していると理解することができると思います

【外傷後ストレス障害の予後】
 欧米の調査では、PTSDの治療がなされない場合、30%は完全に回復、40%は軽度の症状が残存、10%は不変もしくは悪化し、1年後に約50%の患者は軽快すると報告されています。良好な予後の予測因子は、症状の早期発現、症状の持続期間が6ヶ月未満、病前の適応が良好、社会的支援が良好な状態、他の精神疾患・内科疾患がないこと、などが挙げられています。
 症状や状態が上記したものに当てはまると感じた場合、早めに治療を開始することが、治りやすさにつながります。
【外傷後ストレス障害の治療】
1. 薬物療法
 第一選択はSSRI(フルボキサミン、パロキセチン etc)です。SSRIはフラッシュバックと回避的症状の両方に有効であると報告されています。また、三環系抗うつ薬(イミプラミン、アミトリプチリン)、抗けいれん薬(カルバマゼピン、バルプロ酸)、モノアミン酸化酵素阻害薬などの有用性も示唆されています。また、ベンゾジアゼピン系の薬剤は急性期の不安、焦燥感、発作(過呼吸、動悸、めまい、気が遠くなるなど)に対して有効です。
2.精神療法、認知行動療法
 精神療法(認知行動療法や催眠療法)は治療上有効です。個人療法が基本となりますが、集団療法や家族療法も有効であるという報告があります。いずれも、外傷的出来事に対する否認や緊張に対してアプローチし、ストレス因から患者を解放することを目的とします。
 
 初めに述べましたが、こころの傷(外傷)を癒す為には長い時間がかかります。
薬物は恐怖感、不安、焦燥感、絶望感を和らげ、社会生活をしやすくするために重要な手段です。薬物療法に抵抗のある方が多いかもしれませんが、脳が強いストレスを受けている状態を薬物でリラックスさせる必要があります。脳に強いストレスがかかり続けることにより、うつ状態や不安状態が重症化・長期化する可能性が高いためです。また、夜間は十分な睡眠を摂り脳をしっかりと休ませることが大切です。睡眠剤で寝付きを改善し、SSRIなどを併用し悪夢を予防することで、少しずつ良い睡眠が摂れるようになると思われます。
 PTSDや急性ストレス障害では、心的外傷となった場面を思い出すだけではなく、同じような事故や災害が起こるのではないかといった恐怖、不条理な出来事を自分が悪いからだと思い込み理解しようとする自責感、生きているという実感の無さ、記憶欠如、明日のことが考えられないという絶望感など、様々な感情が入り混じって複雑な心理状態に陥っています。そして、回復の過程においても様々な試練があると思います。従って、みんなで支え合うことが大切です。医療だけではもちろん力不足です。治療者はもちろん、同じ災害・被害にあったもの同士、家族、友達と話をすることや、社会的な支えを利用することで、少しずつ元の心理状態に回復してゆくことが理想です。